綺麗なお兄さんは好きですか-ボルト編-《没バージョン》3


ボルサス(ボルト⇒サスケ)原作ベース
迷走の挙げ句、書き直しとなったためお蔵入りしていた作品の没救済でした。
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 結局、サスケの出発はかなり延ばされる事となった。
 サスケが極秘任務によって里を出てから一度も帰って来てなかったのだ。その年月たるや十数年に及ぶ。
 戻って来たのをこれ幸いと同期の連中に捕まった訳だ。
 しかも火影が率先して休む事も必要だ何だと出発に否やを唱えたわけで、そうなるとサスケは分が悪い。
 確かに全く木ノ葉の里へと寄りついてなかったのは事実である。そのことで娘のサラダには『パパがずっと居ないんじゃん!! どーしてママと一緒に居てあげないの!!? 娘の顔も忘れててどーでもいいって事!!?』と詰られた記憶も未だ新しい。
 以来極力、木ノ葉の里へ戻って来るように心掛けるつもりではあったが、それが早々と今になるとは思ってもみなかったサスケだった。そして里に戻れば、それはそれで何かと日々は忙しく過ぎる。
 サラダはそれまでの空白の年月を埋めようとするように暇さえあれば、サスケへと纏わり付いて術の事を聞きたがり修行を見て貰いたがる。
 サスケとしたら今までの罪滅ぼしもあって、そんな娘に強く出られない。自然、サラダと一緒に行動する事が多くなる。
 そして、それに必ずお邪魔虫の様にくっついてくる者がいた。
 言わずと知れたボルトである。
 最初は、私のパパよ、と邪険にしていたサラダだったが、ボルトが連れ去られたのを助けたのがサスケであり、そのおかげでサスケが予定より早く里まで帰って来たのだと、そうでなければ未だサスケは里にはいなかった筈だと――どこで聞き及んで来たのだか――主張するボルトによって、しぶしぶ共に修行するのを認めない訳にはいかなくなっていた。
「パパっ」
「なぁにサラダ。ただいまも言わないで第一声がパパなの?」
「あ、ごめんなさい。ただいまママ」
「お帰りなさいサラダ。サスケくんならナルトの所よ……ったく、十何年ぶりに旦那様が帰って来たんだから少しは遠慮しろってのよ! しゃーんなろーっ!」
 こないだだって会ってたじゃないのっ! ぎりぎり拳を握り込みながら愚痴るサクラの姿をサスケが帰ってから度々目撃しているサラダである。
 サスケが帰って来て、サラダはサクラとサスケと三人で初めて親子団欒とも言える時間を持った。その初めての時にいろんな話を聞いたのだ。
 今のボルトとサラダが七班で下忍の任務をチームでこなしているように両親も七班で一緒だったこと。もう一人のメンバーが今の七代目火影のナルトだったこと。担当上忍が前の六代目火影のカカシで遅刻魔だったこと等々。
 それは新鮮で楽しい時間だった。
 何故、この年になるまでその楽しい時間を持てなかったのか、という問いにはサスケもサクラも口を噤んで答えてはくれなかったのだが。それでも、他の子達と同様にちゃんと両親が揃っていて家族の時間を過ごせているというのがサラダには何より嬉しい事だったのだ。
 サラダは以前、自分の出生に疑問を持ちサスケに会うというナルトの後をつけた事がある。ナルトがサスケに会いに行くというその元々の原因は『うちはシン』と名乗る者が暁の復活だなどと宣ってサスケへと喧嘩を吹っ掛けたのが始まりで。結局はサラダを心配して後を追い掛けて来たサクラをも巻き込んで大立ち回りとなった。
 その時、ナルトがサスケの事を話してくれたり――後に、そのナルトの語った内容の内、正しかったのはごくごく一部だった事がサクラによって判明した――ナルトとサスケとのやりとりを実際に見て、それまで話で聞かされていただけでは半信半疑だったナルトと父親であるサスケとが親友なのだと漸く納得出来たという経緯がある。
 何にせよ、サラダが父親であるサスケと時間を共有出来ているのは、前回の事件の時と今回のみである。母であるサクラから言い聞かされて来たサスケのイメージと実際に共にいて感じるイメージとでは若干のズレがもちろんある。
 だが、そんな事はサラダにとって些細な事でしかない。本物のパパが傍に居る、というのがどんな事より重要だった。
 そして、サクラが愚痴るようにサスケは里に戻って来てくれてはいるものの常に自宅に居る訳ではない。主として七代目火影であるナルトがサスケを頻繁に己の元へ呼び寄せているのだ。
 確かに普通の家庭では父親――もしくは事情によっては母親もだが――は一般的に昼間は働いていて家に居るものではない。だからサスケが昼間自宅に居ないと聞いても、それはある意味当然なのかもしれない。
 だがしかし、という話である。
 サラダの家の場合は事情が事情だ。
 十何年家に帰って来てなかった夫もしくは父親が漸く十何年ぶりに自宅へと帰って来たのだ。しかも、また任務へと出掛けてしまうのだと聞いている。今度はサスケも反省して頻繁に里へと帰るようにすると約束してくれてはいる。とはいえ、一週間に一度とかそんな頻度ではないだろう。せいぜい一年に一回くらいではないのだろうか。ヘタすると十何年が数年に一回に改善されるだけという話すら大いに有り得るのだ。
 ならば、今のこの時間を家族で過ごさせてくれても罰は当たらないと思うと思ってしまうのも仕方ない事ではないだろうか。
 確かに里で一番偉い火影様といえども、である。
 家族団欒を邪魔すんじゃねーーーっしゃーんなろーーーーーっっっ! と力説するサクラの叫びはサラダにも共通する。ナルトに対して火影様というだけではなく頼りになる第二の父親の様なイメージを勝手に抱いていたサラダではあるのだが、あくまでも第二である。本物の父親の魅力に勝てる筈もない。
 せっかくサラダの中で上がっていたナルトの株は今回の件で著しく下がってしまっている。知らぬは本人ばかりなりという良い見本のような話だった。
「ママ、パパは何時に帰ってくるのか言ってた?」
「言ってないわよ」
 ぎりぎりと拳を握りしめていたサクラだったがサラダの問い掛けに慌てて握り拳を解くと笑顔になって返す。
 だが、その内容は歓迎出来るものではない。
「まったく、呼び出すのも好い加減にして欲しいけど呼び出す度に帰宅が夜中になるのもどうにかして欲しいわよ。ホントにもーっっナルトの馬鹿っ」
 常々サラダは思っていたが、サクラのナルトに対する態度は尊敬する里長に対してのものではない。聞けばアカデミーに在籍中からの見知った仲だという。しかも卒業後は同じ班で一緒に任務を、今のボルトとサラダのようにこなしていたのだとすれば確かに遠慮などなくなるものなのかもしれなかった。
 それに、サラダがナルトから聞いていた内容をサクラに言った時のことが蘇る。サスケの事を伝えるのにナルトは『オレと同じで』という表現を使っていたのだが、サクラによればそれは真っ赤な嘘だとのことだ。
 ナルトが凄くなったのは十三歳から自来也に付いて修行の旅に出た後であり、それまでは所謂ドベで時折才能の片鱗を覗かせる事もない訳ではなかったが、全てのことにおいて、ほとんどサスケには敵わなかったというのだ。
 あんの見栄っ張りがぁぁっ、とその時にもサクラはしゃーんなろーモードに変わっていたが、そういった過去の様々なやりとりがあったのだとすればサクラの態度も腑に落ちる。
 親にとっての子供がいつまで経っても子供であるように、幼少時の優劣は例え実際には逆転していたとしても、いつまででも続くものなのかもしれなかった。特に本人達がそれを承知して異を唱えない場合は顕著となるという事だろう。
 ナルトはサクラにやり込められる事をどこかで喜んでいる風があった。今回の事でそれが錯覚などではなかったのだと認識したサラダである。
「ねぇママ……パパを迎えに行ったらダメかなぁ」
「迎え?」
「うん。パパに修行見て貰いたいから……火影様のところにパパいるんだよね?」
「んー……そうねぇ」
 サクラは時計へとちらりと視線を走らせる。
 何事かを計っているかのような表情で。
 サラダには想像もつかない何かをサクラは知っている、ふとそんな気がした。
「お迎えは止めときましょ。サラダが修行みて欲しいならママが見てあげるし……」
「……」
「ママじゃ不満?」
「あ、ママが嫌とか不満とかじゃないの……ただせっかくパパがいるんだもん。パパに見て貰いたいな、って。だてパパまた出掛けてしまうんでしょ?」
「そうね……じゃ、今日パパが帰って来たらお話しよう。サラダがパパと一緒にいたいって思ってるって」
「ん」
 サクラの提案に頷くが迎えには行けないというのはやはりつまらない。何か理由があるのだろうか、と思うがサクラが口にしないということはサラダは知らなくても良い、もしくは知らせない事なのだと、今日までサクラに育てられて来た娘であるサラダには予測がついた。
「ママ、修行に行ってくるね」
「どこで修行するの? パパがもし早く帰って来たらサラダのところへ行くように言うわ」
「……じゃ、演習場……四十七番にいる」
「分かった。パパが帰って来たら伝えるから。でもあまり遅くならないうちに帰ってくるのよ。明日も任務あるんでしょう?」
「はい。行ってきます」
 行ってらっしゃいというサクラの声を背に自宅を出て演習場へと向かう。
 案の定、道の途中にボルトが待ち構えている。
「……」
「よお」
「……」
「なんだよっ、んな嫌そうな表情しなくっても良いじゃねーか」
「パパ……いないわよ」
「そんなの見たら分かるってばさ」
「……」
「でもサラダと一緒に修行してたらサラダの父ちゃん来るかもしれないってばさ」
 ボルトの前向き発言にサラダとしては溜め息を吐くしかない。
「それに父ちゃんがお前の父ちゃんにオレの望みを伝えてくれてっかもしれないし」
「あんたの望み?」
「おう! オレってばお前の父ちゃんに弟子入り志願してるんだってばさっ」
「弟子入り?」
「そう。もうお前の父ちゃんってばすげーんだってばよっ! すんげー強い抜け忍集団をたった一人であっという間に片付けちまってたんだぜ!」
「……」
「あれからさ〜もうオレの師匠になるのはお前の父ちゃんしかいねぇって……ずっと父ちゃんにも言い続けてたんだってばさ! 最初、父ちゃんすっげー渋い表情して、うん、って言ってくんなかったってばさ」
「……」
 当ったり前じゃないのあんた火影の息子じゃない、とか、私のパパなのに何で、とか。サラダにはボルトに言いたいことが山のようにあった。だが、それを何故か面と向かっては言い出せなくて唇を噛む。
 確かにサラダはサスケの子供として世間に公表されている。それは半分真実で半分は……恐らくは偽りなのだ。
 どういった事情があって、どんな大人の事情があってなのかは知らない。知りたくもないとサラダは思う。
 だが、事実として自分はサクラの実の娘ではないし、サスケに望まれた娘というわけでもないのだ。
 それでも、サスケはサラダを自分の娘として扱ってくれて、サクラへとサラダを預けてくれた。
 本当はそれだけで充分なほどに感謝しなくてはならないほどだと思う。でも、と思ってしまう。サスケが優しいからサラダは娘として望んでしまう。親娘としての時間をサスケに求めてしまうのだ。
 そのことをサクラもサスケも当然として受け止めてくれる。
 それは心の底から嬉しい。
 しかし、こんな時。サラダは本心を言って良いのかどうかをどうしても躊躇ってしまうのだ。
 今与えられているもの以上のものを娘として望んでも良いのだろうか、と。
「でもさっ、昨日父ちゃん、とうとうお前の父ちゃんに話だけはしてくれるって頷いてくれたってばよっ」
 ボルトはやった、と全身で喜びを表している。
 では――と。
 今日、火影へとサスケが呼ばれたのはそのことをサスケへ依頼するためだったのだ。
「お前の父ちゃんが承知してくれるかどうかってのは未だ分かんねーけど。でもずっとお前と一緒に修行みてくれてたしっ全然希望がないわけじゃないってばよっ」
「そう、だね」
「それに父ちゃん火影だし、火影からの要請ならお前の父ちゃんだって受けてくれんじゃないかなって思ったりさっ」
 ボルトの言葉にサラダは思わずカッとなる。
「別に……」
「ん? なんだってばよ」
「別に、あんたのパパが火影だからパパはあんたの希望を受けるんじゃないわっ! あんたのパパが……私のパパの親友だからよっ!別に火影だからとか関係ないっ分かった?!」
「お、おう」
 軽く口にしただけのことだったのだが、ボルトの意に反してそれはサラダの逆鱗だったらしいと悟る。
 あまりにも凄まじい剣幕のサラダに気圧されて、こくこくと何度も首を倒しボルトが頷く。
 サラダの内心は複雑だ。
 大好きな父親が自分ではなく他の子供の師となる。
 それは忍の世界だけではなく、どの職業の世界であっても有り得ることだ。親子では甘えが出るかもしれないと考えて、師弟の関係は血縁関係を避けるというのは一般的な考え方である。
 それでもサラダにとって、親子でないというだけでその選択が許されるボルトは羨ましい存在だった。
 私だってパパに教えてもらいたいことって沢山あるのに! サラダの心の内を推し量るにはボルトは未だ幼く人生経験が圧倒的に足りなかった。



「今日、呼んだのはボルトのことなんだってばよ」
 昼間の火影執務室は燦々と明るい陽の光が射し込んでいて暗さの欠片も存在しない。
 そのことに幾分ホッとしながらナルトの言葉を聞く。
「ボルトは、お前と似ているようでいて違うな」
 だからサスケにしても軽口がたたける。
「それってどういう意味だってばよ」
「別に……思ったままを言ったまでだ」
 じとり、とサスケを睨んでくるナルトへ平然と返す。
「……ま、いいってば。ボルトのヤツがお前に弟子入りしたいんだと」
「聞いている」
「そっかそうだよなやっぱダメだよな……って、へ?」
 サスケの返事を聞く前から答えを決めていたようで一人納得してうんうんと頷いていたナルトだったが、実際のサスケの言葉が耳へと飛び込んでくるなり目を剥く。
「聞いてた、ってお前」
「助け出した直後に本人から強請られた」
「強請……」
「だが、お前が許さないだろうと応えておいた」
「……」
「何と言ってもボルトは今や火影の息子だ。おいそれと里の外へと出して良い存在じゃないだろう?」
「お、おう」
 もちろんだ、という風にナルトが頷く。
「お前も承知してる通りオレは未だ里に居着く訳にはいかない。そんなオレがボルトの師になんてなれる訳が無い」
 そうだな、と確認するようにナルトへと視線を合わせてくるサスケへと何度も頷く。
 それは奇しくもサラダへと何度も頷きを返していたボルトそっくりで、紛れもなく二人が親子であると知れる。
 それじゃこれで話は終わりだ、と言わんばかりにサスケが席を立つ。
「ちょっ……待てってばよ」
「何だ、未だ何かあるのか?」
「その……お前から見てボルトはどうなんだ?」
「どう、とは?」
「見込みがありそうなのかって聞いてるんだってば」
「……昔のお前より遙かにな」
 暫く黙っていたが、やがて幾分意地悪げな表情となってサスケが応える。それにナルトは嬉しいようなそうでないような何とも複雑な表情となった。
 そして暫く逡巡――というにはかなり大仰で寧ろ葛藤と言って良い七転八倒な醜態を晒していたが――した後に徐に告げたのだった。
「なら……お前がボルト、みてやってくれねーかな」
「……」
「その……オレってばほら、今火影とかやってっからさ。ボルトの修行とか前みてーにきちんとみてやれねーんだ。それでボルトのヤツ、かなり不満が溜まってるみてーでさ。それがお前の弟子になりたい、って真剣に言って来たから……親馬鹿だってのは分かってんだけどよ。昔のオレとエロ仙人みたいにサスケがボルトのことみてくれたら嬉しいってばよ」
「お前はそれで良いのか?」
「もちろんだってば。サスケが傍に付いててくれるなら一番安心だってばよ」
「そうか――なら、オレからも条件がある」
「何だってばさ」
「火影のお前に頼むんじゃない。オレの親友であるお前に……オレの代わりにサラダをみててくれ」
「!」
「サラダはオレの娘だ。忙しいのは分かってるがお前にしか頼めない」
「たりめーだってばっ! じゃ、ボルトはお前に頼むってばよ。そん代わりサラダちゃんはオレがちゃんとみとく」
「ああ――頼む」
 サスケが安堵の表情を浮かべて微かに顔を綻ばせる。
 それだけでナルトの胸が、血流がどくどくと速くなり熱くなる。これはもうどうしようもないナルトの条件反射のようなものだった。
「それで……いつ出発するんだってばよ」
「そうだな――お前はともかくとしてヒナタはボルトと別れがたいだろうから、一週間後くらいか?」
「オレはともかく、ってのはどういう意味だってば」
 むっとして返すナルトだったが男親なんてそんなもんだろと、サスケはにべもない。確かに里を離れるとは言っても今生の別れではないと思えば、それほどの別れがたいという思いがボルトに対して湧き上がってくるわけではない。
 確かに、サスケの言う通り父親のナルトよりも母親のヒナタの方がこういった場合、別れがたく思うものなのかも知れなかった。
 案の定、自宅へと帰りヒナタへとサスケとのやりとりを告げた途端、表情を顰めてヒナタは反対した。未だ十三歳にもなってないのに、というのだ。
「サスケくんの弟子に、ってことは里を出て放浪するってことなんでしょ? サスケくんが行く先々って辺境の地ばかりって聞いてるよ。そんなところにボルトをやるの? 未だ十三歳にもなってないのに」
「ボルトが望んでるんだってばよ。それにオレがエロ仙人と修行の旅に出たのと、そんなに歳変わんねってばさ」
「そりゃそうだけど。あの時とは事情が違うでしょ?」
「何がどう違うのか分かんねーよ」
「ボルトには私だって、ナルトくんだっているじゃない」
「そのボルトがサスケに師事したいって言ってんだってばよ。その願いを叶えてやろうって思うのが親心じゃないのかってば」
「それは……そうだけど」
「それじゃ、ヒナタがボルトを説得出来たらこの話はなかったことにする。期限は三日――なら、良いだろ?」
「三日?」
 短い、と言おうとしたヒナタだったのだが、サスケが一週間後には再度任務として旅に出るのだと聞かされれば、それを受けない訳にはいかない。
「決まりだってばよ」
 晴れ晴れとした表情となって風呂に向かうナルトに対してボルトを説得する自信の欠片もないヒナタは悄然と肩を落としたのだった。
 抜け忍集団に捕まり危ういところをサスケによって助け出されたボルトは以来サスケのことばかりを口にしているのだ。
 しかも、娘であるサラダの修行をみているサスケのところへ頻繁にお邪魔しているとは、本人の申告により明らかだ。
 ボルトの力量は親の贔屓目だけでなく素晴らしいものを秘めていると思う。だが、防御が勝っている日向の血筋のヒナタではボルトを導くには足らず、本来しっかりとみてやるべきところのナルトは忙しく、その時間を取ることが出来ないでいる。
 そんな状況の中では確かにサスケに師事するのが一番の道なのかも知れなかった。
 それでも、未だ幼い息子の手を離してしまうのに躊躇いを感じてしまう。確かに下っ端とはいえ一人前の忍者となった下忍から微々たるものとはいえ報酬は発生するのだから、働いていると言っても間違いではない。
 とはいえ、両親が揃っている者は皆自宅から任務へと向かい任務が終了すれば自宅へと帰る。自立し独り暮らしをしている者の方が珍しい。そこには独り暮らしをしていくのは難しい報酬の実情というものが存在してはいる。裏を返せば親元に居るからこその報酬額であるのかもしれないしそういった事を見越しての下忍であるのかもしれない。
 そんな状況であるから親の立場からすれば、あたら十三歳にもならない子供が、と考えてしまう。戦国の世ではないのだし、と。
 それは親のエゴである。
 指摘されるまでもなくヒナタにも分かっている。
 子供の自立を促すのが親の役目であると言うことも。
 だからこそ、ボルトを説得する術がないと承知しているのであり、気を重くしているのだ。
 人の気も知らないで――暢気な鼻歌が風呂場の方から聞こえてくれば、ぴり、と神経に障る。今回の事はもちろんナルトに非が有る訳ではない。あくまでもボルト自身の言い出したことでありボルトのサスケへと師事したいという希望をナルトは叶えてやろうとしているだけだ。
 どちらに非があるわけでもないが敢えてどちらかにそれを求めるのであればヒナタの方だ。親から離れていく子供のことを淋しいという感情だけで引き留めようとしているのだ。
 深く息を吐く。
 こんな事ではダメなのだと。ボルトはヒナタの息子であると同時に七代目火影であるナルトの息子なのだ。
 今は未だ未だ未熟であるが、あのナルトの息子であると周囲の者達が期待を込めてボルトの成長を願っている。そして贔屓目ではなくボルトの力は未知数に満ちており、チャクラの量で言えばヒナタなど軽く凌駕している。
 しかもその性質を鑑みれば防御系ではなく戦闘系の師が就いた方が良いという判断は誰であっても同様に下すに違いない。我が儘を言ってる場合でもない。
 そんなボルトの才能を伸ばしていくとなったらやはり父親のナルトかサスケでしかない。そしてボルトはサスケに師事することを選んだ。
 ヒナタは一度両手で両頬をパチンと叩く。
 自分で自分に活を入れる為に。
 もう、心は決まった。ボルトが望むままに――サスケと修行の旅に出るというならば、それを笑って見送ってやるのが親の勤めだろう。そう決心する。
 心を決めたら後はヒナタの行動は素早かった。
 ボルトが旅立つ為に何が必要なのか考えを巡らせると、用意の為に忙しく立ち働き始めた。



「え? 何それ……なんでボルトなのっ納得出来ないっ!」
 サスケが自宅へと戻り、本来の任務である旅に一週間後には出るとサラダとサクラへと告げるのに、ついでにナルトから依頼されてその旅へとボルトを連れて行くことになったと告げた途端だ。
 サラダからの猛反発にあったというわけだ。
「サラダ……」
「だって……パパの任務に同行して修行見て貰ってって、ならそんなのボルトじゃなくって私で良いじゃないっ」
 そこには娘として父親と少しでも一緒にいたいと願う心情が溢れている。
「サラダ、あのね」
「ママは黙ってて! ボルトがパパに弟子入り志願したって聞いた……でもパパは断るんだって思ってた。だって長期任務で里外に出てずっとあちこち旅してるんでしょ? そんな状態で弟子なんて持てる筈ないもの。なのになんで? あいつのパパが七代目火影で。だからパパは断れなかったの?」
「そういうわけじゃない」
「じゃ、なんで? 私だってパパに修行見てもらいたい! ボルトばっかりずるい」
 そこに居るのは聞き分けの良い娘ではない。また父親と離ればなれになってしまうことを嫌がるただの幼い少女だ。
「サラダ……オレがボルトの修行をみようと思ったのは、今の里であいつを指導出来るだけの力量を持った者が父親であるナルトくらいしかいないと分かってるからだ。だが、生憎とナルトは七代目火影で片手間でしかボルトの相手をしてやれない。だから代わりにオレが面倒をみることを引き受けた」
「パパ……最初は断ったって聞いたのに」
「ボルトから聞いたのか?」
 娘の言葉にいったいどこまで情報がツーカーになってるのかと呆れながらも問い掛けるとサラダがこくんと頷く。
「ナルトが承知すると思わなかったからな」
「それって、ボルトが里から出るってこと?」
「ああ。オレは今、特殊任務に就いている。それは分かるな?」
 サスケが何の任務に就いているのか詳細は知らない。それでも、それが特別なものだというのは想像がつく。家族をおいて十何年も旅をしているなんて任務が特別でなくて何なんだ、という話である。だからサラダはその言葉にも頷きを返す。
「里に留まることが出来ない。だからボルトの修行をみるのなら一緒に連れて出なくてはならない。だが、普通は火影の息子を里外へと連れ歩くことは禁止される。その理由も分かってるか?」
「里外に連れ出して……浚われたりしたら里に不利になるから?」
「そうだ。だからナルトが承知する筈がないと思ったからボルトに頼まれた時は断った。だが、ナルトが承知するなら話は別だ。さっきも言ったが、ボルトの修行をみれるような力量の持ち主はナルトかオレくらいだろう。ナルトが駄目ならオレがみるしかない」
「私は? なら私はボルトより劣るっていうの?」
「お前も素晴らしい才能を持ってるとは思う。出来れば二人とも修行をみてやりたいとは思うが知っての通りオレの任務の状況で女性を連れ歩くのは正直無理がある」
「それは……」
「いくら男女平等だと言っても向き不向きはあるだろう。オレの任務ははっきり言って女性向きではない」
 サスケの言葉に口を噛む。
 確かに女性と男性とで同様に任務をこなせるという主張はあるしある意味正しいと思っている。だが、任務内容によってはやはり差が出てしまうこともあるしサスケの言う通り向き不向きは絶対にあるとサラダは理解している。
 それは差別とかではなく、どうしようもないことなのだ。
「分かった。でもパパ……パパは私のパパだよね? 里に戻って来た時は私のパパで修行だって見てくれるんだよね?」
「当たり前だ。オレがお前の父親なのはオレが誰の師になっても変わりない」
 サラダの訴えに幾分呆れを含んだ声音で、それでもきっぱりとサスケが断言する。
「パパっ」
 漸くサラダが納得して破顔するとサスケに抱き付く。
 その様子をサクラはホッとして見ている。
 サスケは突然腕の中に飛び込んで来た娘を驚いた表情でいながらしっかりと抱き留めている。
「じゃ、サスケくんも後一週間しかいないってことだし、思いっ切り家族団欒しとこう」
 そう言うとサクラも二人にぎゅっと抱き付く。
 誰より何よりも大事な家族だ、それがサスケに伝わると良いと思いながら……。



 サスケとボルトの里からの出立は宣言通り、一週間後だった。
 旅に出る二人を見送ろうと、そのとき木の葉の里の『あ』『ん』の大門には七代目火影でもあるボルトの父親のナルトや母親のヒナタに妹のヒマワリ、そしてサスケの妻であるサクラと娘のサラダを筆頭にサスケとボルトと両名の同期の面々が勢揃いしている。
 ボルトは皆に『上手くやったな』とか『羨ましい』とか口々に言われておりホンの少し自慢げである。何と言っても未だ十三歳の少年なのだ。他の者と違った事をしていくというのは選ばれた者のような感じがして優越感が芽生えるということだろう。
 そんな中でサラダはサスケへと躰を寄せ手で軽くサスケの服を掴んだまま睨むようにボルトを見る。一度は納得したとはいえ、こちらもボルトと同い年。そうそう波打つ感情を抑え込むことは難しいという事だろう。全身で『私のパパなんだから』と訴えている。
 サラダとちょっとした冒険を楽しんだチョウチョウは相変わらずポテチの袋を抱えて中身を口へと運んでいきながら、やはりボルトに『良いわね』等と言っている。先の冒険でナルトだけではなくサスケの凄さをも目の当たりにしてしまったチョウチョウは、以来すっかりナルトとサスケのファンと化している。
「サラダ……ママの言うことを良く聞いて病気をしないようにな」
 サスケがサラダの頭を撫でて告げると、ますますぎゅっとサスケの服を握り込む。
「サラダ、そんな風にしてたらパパが何時までたっても行けないでしょ」
「サクラ、サラダを頼む」
「うん。任せて」
 いやいやをするように頭を振って。握りしめていた服を離すが直ぐに両手でぎゅっとサスケへと抱き付いていく。
「パパ……ちゃんと帰って来て私の修行成果を見てね」
「ああ……」
 あまりにも離れがたいと全身で示してくる娘にサスケがホンの少しだけ困ったという表情をする。
 抱き付いてくるサラダをやんわりと躰から引き剥がして。しゃがみ込むとサラダと目線を合わせる。
「帰ったらな、サラダ……また今度だ」
 そう言って、とん、と額を指先で突いてやる。昔、同様にイタチから約束の言葉と共に自分がされたように。
 一瞬、サラダは自分がされた事が良く解らないといった表情をしたのだが……やがて、その表情が端から見ていても綻んでいくのが見てとれた。
 サラダの脳裏によみがえったのはサクラとのやりとりだった。
 今から二、三年前だろうか、父がいつ帰ってくるのかと、自分と母のことはどうでもいいのかと、そう問い掛けてサクラを困らせた事がある。その時に父とキスをした事があるか聞いてしまったのだ。少女が誰でも抱くキスへの憧れもあったのだろう。また、好きな人とする行為だとちょうどその頃に知ったこともあって問い掛けたことだった。そのときにサクラが『もっといい事思い出しちゃって…』と告げてから、やはりサラダの額を、とん、と突いたのだ。キスよりいい事が何なのかを問い掛けたサラダに向けて『その話はまた今度だ?』という台詞と『…パパに会ったら分かると思うよ』という謎めいた台詞と共に。
 これだったんだ、と。
 自分の中に漸くあのときのサクラの台詞といい事の意味が解って嬉しかった。それだけではなく、サスケが居ない時もずっと信じてるから大丈夫と言い続けていた根拠に触れる事が出来た気がしていた。何でもない仕草の一つなのにサスケから与えられたそれは特別だった。
 漸く踏ん切りがついたのかサラダがしがみついていたサスケから離れる。それが出立の合図となった。
「じゃ、行ってくるってばさ!」
「行ってくる」
 元気良くボルトが宣言する。
 それを受けてサスケもまた簡単な別れの挨拶を口に乗せる。
 そのまま、くるりと身を翻し背を向けて歩きだそうとしたサスケの手を掴んだのはナルトだった。
「ボルトの事、頼むな」
「ああ」
 名残惜しげに未だ何かを告げようとするナルトを視線一つで黙らせる。
「おまえを越える忍にしてやるさ」
「……言ってろ」
 不適に笑うサスケへと苦笑を返してナルトは掴んでいた手を離す。このとき手を離すべきではなかった、と後々述懐することになるとは露程も思わずに――。
 


END
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