雨の日の出会いから
ナルサス 原作ベース
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観た途端、書きたい! と。勢いで書き上げたお話。SS書くのを快く許可して戴いた百福様に感謝を♥
百福様の素敵イラストはコチラ(百福様TwitterID:@hyakupopo)
「ん? 迷子、か?」
七代目火影うずまきナルトがその幼子を見掛けたのは雨の日だった。
年の頃は四、五歳くらいだろうか。
きょろきょろとあたりを見回してきゅっと口を噛む仕草は誰かを探して見つからず泣きそうになったのを懸命に堪えている、そんな風にしか見えない。
ナルトは木の葉の里の長である火影という任に就いている。
イコール里人のことは皆、老いも若きもナルトの家族である。
であるならば、幼子が道に迷い恐らくは保護者である誰かを探しているならば、それを手助けしないという選択肢はナルトには存在しない。
「どうしたんだってば、誰かとはぐれっちまったのか?」
だから、迷うことなくその幼子へと声を掛けた。
「……!」
掛けられた声にびくぅと身を竦めると幼子は怖ず怖ずと声の方へと視線を向ける。
そこへナルトは自分の火影マントの合わせを外すとしゃがみ込んで自分の頭と幼子の頭の上から雨を防ぐように覆い、幼子の手を取ってしっかりと眸を合わせる。
「オレはうずまきナルト。お前の名前は何て言うんだ?」
先ずは名前を教えて貰わないと不便である。ナルトは問い掛けながらも自分は恐くないんだぞ、とアピールするようににっこりと笑いかける。
でなければ、この幼子は怯えてそのまま逃げてしまいそうに思えたのだ。
「……さすけ」
未だ不安の拭い去れない小さな声。
真っ黒な透き通った眸がナルトを真っ直ぐに見詰める。
「そっかぁ、サスケ、な! 良い名前だってばよ」
とにかくサスケの緊張を解かなくては話にならない。ナルトは殊更満面の笑みを向けて自分は良い人なんだと訴え掛ける。
再度、びくっと身を震わせたサスケに一瞬失敗した? と危惧したのだが握り込んでいたサスケの手が自ら、きゅっとナルトの手を掴んで来たのに、よしよしと一旦安堵する。
掴みはバッチリ! そう思ってナルトからも握っていたサスケの手をしっかりと握り直す。
すると漸く安堵したのかサスケが泣きそうに強張っていた表情を綻ばせる。
途端、雨の中で花が咲き誇った錯覚に陥ったナルトである。
――なんとなれば、気付けばサスケと名乗った子供は恐ろしい程に整った貌を持っていたのだ。
未だ幼く丸みを帯びた頬は滑らかで思わず人差し指ででも突きたくなってしまう。未だ子供に過ぎないというのに人の造作など目が二つに鼻が一つに口が一つで大した違いなどない、とそれまで思っていたナルトの認識を丸ごと覆してしまうに充分な美貌だった。
この美しさは老若男女問わず虜にしてしまうに違いない。そう思って思わず将来を憂えてしまう。
とはいえ、今はその杞憂に拘わるより先にすることがある。本人は認めたがらないだろうが――この年頃の子供は何故か迷子だと思われるのを嫌う。迷子になった時には、自身ではなく自分の傍にいた者が迷子になったと主張するものだ――迷子状態から救ってやらなければならない。
「サスケはどこら辺に住んでるんだ?」
「どこ……」
「そうだってば。木ノ葉の里の子、だよな?」
「このは……」
「ち、違ってた?」
覚束ないサスケの返答を聞いて今更ながらに里外から旅行か何かで訪れているという可能性に思い至ったナルトである。
「わかんない……」
「そっか、えっと。じゃあ、誰と一緒だったんだ?」
「にいさん」
「お。お兄ちゃんと一緒だったのかぁ……なら、お兄ちゃん、見付けないとなっ」
「うん」
どっきゅん。
こくん、と頷く様が何とも可愛らしい。
ナルトの心臓を直撃する。
(ちょ、ちょっと何だってばっ、し、静まれっオレの心臓っ)
余りのサスケの可愛らしさにドキドキとナルトの心臓は高らかに鼓動を早める。
普通ではない。
断じて、この反応は普通では有り得ないだろう。
若くして七代目火影となったナルトではあったが、それでも既にアラサーと呼ばれる年にはなっている。
それが、である。
サスケの言動を鑑みてどう贔屓目にみても五歳より上の年齢には見えないし思えない。
そんな相手に対してときめくとか!
(有り得ないってばよ!)
「おじさん、にいさんいっしょにさがしてくれる?」
必死になって己の心臓を鎮めようとしていたナルトだったが放たれたサスケの言葉に鎮めるのを通り越して――まさにトドメを差された――一瞬にして止まりそうになる。
「あー……サスケ、オレのことはおじさんではなく、おにいさん、と読んでくれってば!」
「おにいさん……」
「そうそう。おにいさん!」
「サスケの……」
「ん?」
「サスケのにいさんはにいさんだけだよ!」
言い淀んでしまったサスケへと聞き返すと勢い込んで言い返されてしまう。
「えー、っと。あー、そっか。兄ちゃんは一人だけってか」
サスケの主張は至極真っ当なものではあったのだが、言われた途端、ナルトの胸に何とも言えない痛みが走る。
(いやいやいやいやいや。おかしいから! こんなガキんちょ一匹に、オレってば何を――)
胸の内は自己突っ込みと自己嫌悪の超絶嵐だ。
精一杯、サスケのことを扱き下ろして平静を保とうとするナルトだったが、そういうことをしなくてはならない時点で既におかしいということには気付いてない。
「まぁ、ともかく探すか……よ、っと」
雨も降っているし傘ないし、ということでナルトはサスケを人形抱きに抱え上げて火影マントでなるべく雨に濡れないように包み込む。
「どっかで傘調達しないと風邪ひかせっちまうってばよ」
さて、と心当たりに向けて歩き出そうとしたところで呼び止められる。
「ナルト! アンタ何やってんの傘もささないで……ずぶ濡れになってるじゃない!」
「あ、サクラちゃん」
「あ、サクラちゃん、じゃないっ! いないよりはマシな火影でも風邪ひいて寝込みでもしたら大変なのよっ! それ分かって、ん……の……?」
声を掛けてきたのはナルトの同期で同班だった春野サクラである。長年の付き合いはダテではない。相手が火影になっていようと舌鋒鋭くディスってお構いなしだ。
そのサクラの勢いに抱き上げていたサスケが怯えたように身を震わせたのにサクラが気付く。
「あら……あららららららら――ナルト、アンタ何時の間にこんな可愛い子作ったの?――てか、まさかどこかから浚ってきたんじゃないでしょうねっ?!」
「ちょ、ちょっとサクラちゃんっひでーってば! 何でオレが子供浚うんだってば?」
「やーね。冗談よ冗談――それにしてもかっわいいっ! ボク、お名前は?」
火影マントに隠れているサスケに気付くやマントを摘まんで中を覗き込むなり発言したのだが先程より遥かにクソミソである。それを冗談の一言で済ませてしまうサクラだが、彼女のその細腕から繰り出される超絶な怪力を思い知っているナルトは逆らう術を知らない。
そのままナルトをスルーしてサスケに話し掛けるサクラの表情は笑み崩れている。元来、女性は綺麗なもの可愛いもの、そして保護欲をそそる幼子が大好きだ。サスケはその全てを満たしているのだからサクラの反応は至極当然なものと言える。
「……サスケ」
話し掛けられてビクッと怯えたように一瞬躰を強張らせてナルトへと身を擦り寄せるとぎゅっとナルトの服を掴んでいく。そして小声で返すとナルトの胸に顔を伏せて表情を見られないようにしてしまう。それがまた異様に保護欲をそそるというか可愛いというか余りの可愛らしさに却って突いて苛めたくなってしまうというか……。
「そうサスケくんって言うの。どこから来たの?」
サクラに話し掛けられる度にナルトへとしがみつく力は強くなって身を小さく縮こまらせるようにする。尤もサクラはそんなこと気にもしないで、手を伸ばすと伏せているサスケの後ろ頭を優しく手で撫でていく。
「――えらく懐かれたわね。迷子?」
「みたいだってば……どうも一緒にいた兄ちゃんとはぐれちまったみたいだってば」
「ふーん。このままじゃ濡れて風邪ひいちゃうわよ」
そう言って自分が差していた傘をナルトへと差し掛けてくるサクラは何だかんだ言っても気っぷの良い姉御肌の心優しい女性なのである。
ナルトとサクラのやり取りに漸くサクラに対する警戒心を少しだけ弛めたサスケがそぉっとサクラの表情を盗み見る。
その様子がサクラからすればまた可愛らしく映って身悶える原因となる。
「やーん。可愛いっ! しゃーんなろー級の可愛さっ」
ついついテンションも高くなるというものだ。
「サクラちゃん、サクラちゃん。サスケ、怯えてるってばよ」
「あ。ごめんごめん。お姉さんちっとも怖くないから安心して! ね?」
ナルトの言葉にサスケを見れば再び怯えた様子で縮こまってしまっている。
慌てて宥める言葉を連ねていくサクラだった。
「それにしても雨降ってきてボクのお兄さんも心配してるでしょうねぇ」
「サスケっ」
サクラがサスケの頭を撫でてやりながらしみじみと呟いた時だ。いきなり掛けられたサスケの名前を呼ぶ声にサクラがそちらへと振り向いた。
次の瞬間にはサスケの躰はナルトの腕の中から掻き消えている。
「?!」
「え?」
ナルトもサクラも驚いたなんてものではない。
まがりなりにもナルトは火影でサクラにしても木ノ葉隠れの里で三忍と呼び慣わされている者達の一人である。
それがである。
サスケがいつナルトの腕の中から連れ去られたのかが全く分からなかったのだ。
「兄さん!」
その驚愕はサスケの声によって破られる。
「サスケ、無事で良かった。泣いてなかったんだな。偉いぞ」
「泣かないよ! もうそんな子供じゃないもん」
それはもう満面の笑みで兄に抱き着いている。
「七代目……それにサクラ様、弟がお世話を掛けてしまい申し訳ありませんでした。それと――助かりました。どうも有難うございます」
「お前! そうか……サスケはイタチの弟だったのか!」
「さようでございます」
「イタチ……もしかして、うちはイタチ? あの?」
「どのなのかは分かりかねますが、オレはうちはイタチです」
「あ、ごめんなさい。だってアナタとっても有名人よ。うちは一族の天才忍者、忍界不世出の第一人者、現世に生まれ変わった忍界の神! そんな風に言われてるの知ってるでしょ?」
「へ? イタチってばそんなに凄いの?」
「も、ナルトってば何言ってんのよ! ホンッとアンタってば世情に疎くてどうしようもないわねぇ」
心底呆れた風にサクラに告げられナルトとしては恐れ入るしかない。
「疎くて悪かったってばよ」
「本当よね」
容赦のないサクラの追撃にナルトが遂に撃沈する。
がっくりとうなだれるナルトを後目にサクラはイタチへ話し掛けている。
「うちは一族の子供って初めて見たわ」
「そうですね。普通、一族の大切な子供を里の中とはいえ一族の敷地内から出したりしません」
「それじゃ今回はすっごくラッキーだったのね」
サスケは兄に抱かれてすっかり笑顔を取り戻し安心した様子を隠しもせずに今更のように興味深げにキョロキョロとあたりを見回している。真実、一族の敷地内とは趣の違う里の様子が物珍しくて仕方ないのだろう。
そんなサスケに改めてサクラは微笑みかけると手を伸ばしてその頭を撫でてやる。
先程とは打って変わってサスケは怯えもしなければ緊張に躰を強張らせもしない。安堵しきってサクラが為すがままにさせている。そして時折、笑いながらそっと兄の様子を伺うのだ。
そこでサクラは気付く。
サスケが決してサクラに対して気を許している訳ではない、ということを。
ただ、サスケは兄のイタチが己へと伸ばすサクラの手を拒むことがなかったが故にサクラの手を拒まずにいるのだ。イタチがサスケを害す者の存在を許しておかないという事を知っている。信頼とかといった話ではなく、兄弟として育ったこれまでの日々で、そう知っているだけなのだ。
(ある意味凄いわ……これ以上はないってくらいのブラコン兄弟よね、コレって)
そんな風に考えつつサスケを愛でていたサクラだったが、羨ましいとでも思ったのかナルトも頭を撫でようと手を伸ばす。
途端、不自然ではなく自然に。
誰がその場面を見ていても不審には思わないタイミングだ。
イタチがスッと退く。
「そろそろ帰ります。予定時間より大幅に過ぎてしまってるのできっと父と母が心配してると思うので」
「そりゃ大変だってばよ! 早く帰ってフガクやミコトさんを安心させてやらないとダメだ……二人に宜しく言っといてくれってばよ!」
「はい。七代目、お世話をお掛けしました」
ほらサスケも、そう兄に促されてかサスケがニコリと笑い礼を口にする段で口ごもる。
不思議に思った二人だったが直ぐにその理由に思い当たったのはサクラの方だった。
「コイツの呼び方なんて何だって良いのよ。無理して七代目なんて呼び掛ける必要なし! バカでも阿呆でも何でも良いんだからね」
「サクラちゃん……」
それはあんまりだってばよ! というナルトの声は丸っと無視だ。
そんなサクラの言にイタチがそっと耳打ちする。
サスケは兄に笑いかけ一つ頷く。
そしてーー。
「きょうはどうもありがとうございました」
笑顔でぺこりとお辞儀をする。
続けられたのは……
「ウスラトンカチ」
という聞いた事のない言い回し。だが、それが褒め言葉等ではなく立派に罵りもしくは嘲りの類の言葉であるというのはしっかり伝わる。
しかも、だ。
兄に言われたから、だけではないとサスケの表情が何より雄弁に物語っており……。ーーその事からも本来のサスケは相当なやんちゃ坊主であると知れる。
サスケの満面の笑みを向けられて脂下がっていたナルトの表情が一瞬にしてものの見事に引きつり凍り付く。
「こンのーークソガキ」
ついナルトも受けて立った大人気ない反応を返してしまう。
途端、ビクッと身を竦ませると慌ててイタチへとしがみついて何事かを囁き掛ける。
その口の形が『にいさん、もう帰ろ』であることを見取ってナルトはしまったと慌てる。
「サスケっ悪ぃ……」
呼び止めたナルトだったが時既に遅し、イタチが『では失礼致します』の声と共に消え去った後である。
「あーっ……」
「バカねぇナルト。せっかく懐かれてたのに」
「ううううう……サクラちゃん」
「助けを求める先が違うと思うわよ」
サクラの言うとおりである。
「イタチくんと顔見知りのようだし頑張れば?」
全くその通りで返す言葉のあろうはずがない。
がっくりとくずおれるナルトに薄情にもサクラは、頑張ってね〜とお気楽な声をナルトへと掛けると手をひらつかせて離れていく。
離れつつ、今度サスケくんに逢う時は私も一緒にお願いね! と付け加えるあたり流石五代目火影綱手の弟子だ。ちゃっかりしている。
「……おう」
そして、ナルトにそう答える以外の術はない。
なんといってもサクラは恐い。七代目を名乗っているとは言っても三つ子の魂百までとは良く言ったものである。下忍時代の七班――ナルトとサクラともう一人はサイという根出身の少年だった――率いていたのは六代目火影となったカカシだったが、その頃の力関係は時代を経ても一向に変わらないのである。
「うちはサスケ……か」
雨の中、兄に連れられて帰って行った少年の面影が何故か脳裏に焼き付いて離れない。
うちは一族の者であるというなら将来はもちろん忍となることを運命付けられているだろう。一族の長の息子であるならば次男であってもそれは最早決定事項に違いない。
ならば今後ナルトにも出会う機会は多くあるだろう。
そう考えると自然表情が緩んで綻んでいくのは何故なのか。
今は未だ、この漠然とした想いには名前を付けない方が良いだろう。
この想いに名を付ける事で色々と終わってしまう気がしてしまっている時点で既に終わっていると気付かないのがナルトである。
そんな風に思い切りを付けて、さて帰るか、と踵を返したナルトだったのだが……。
「七代目」
「おわっっ」
いきなり耳元に囁かれて飛び退く。
「い、イタチっ……つか、鼬鼠、いきなり背後に現れんなっ! つか、今の殺気がバリバリ篭もってたってばよっ!」
「それは失礼しました」
「お、っまえっ! ぜんっっぜん、そう思ってないだろっ」
「……七代目、一つ忠告が」
ナルトの突っ込みは完全スルーの上、その間は何だっってばよ、と激しく問い詰めたいナルトである。
そこにいたのは暗殺戦術特殊部隊、通称暗部の一人だ。併せてナルトの傍付とされる、暗部の中でも更に優秀とされている生え抜きのメンバーを率いている隊長でもある。コードネームは面から取って〃鼬鼠〃と呼ばれているが、それが本名と被っていることを知っているのはナルトだけだろう――イタチの父親であり七代目火影の相談役を務めているフガクは薄々気付いてはいるだろうが。
「何だってばよ?」
色々と言いたいことはあるものの、忠告、と言われてナルトが居住まいを正したそのタイミングで落とされたのは忠告というよりかは爆弾に近かった。
「サスケに手を出したら七代目とはいえタダではおきませんから。――うちは一族全員を敵に回す覚悟を持ってしてください」
「ぶっ……げほっ、げほ、げほっ――い、いったい……なにっ、サスケって……未だ子供じゃないかってばっ!」
「子供は直ぐに大きくなるものですよ。まぁ、七代目にそのおつもりがないのなら安心ですが」
「そのつもり、って何のつもりだってばよっ」
「――まぁ、いいでしょう。では、オレは失礼します」
「イタチっ……」
呼び掛けた時には、もう既にイタチの姿は掻き消えている。
「なんなんだってば……」
ガシガシと頭を掻きながら周囲を見回すものの、しのつく雨が降りしきる里に人影はない。
何とも消化しきれない思いを抱いたままにナルトも今度こそ帰途に就いたのだった。
ナルトがイタチの言葉をしみじみと思い出したのは十数年後――。
サスケがナルトの補佐(候補)として目の前に現れた時だったという。
END
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