約束-Happy birthday NARUTO-


ナルサス 原作ベース
ナル誕のつもりで書き始めたものの案の定間に合わず遅刻UPした話。
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 うずまきナルトにとって己の誕生日というものは常に嬉しさとはかけ離れたところに位置するものだった。幾ばくかの寂寥を伴っているその日は自宅へと閉じこもって過ごすと決めていた。かといって自宅でホームパーティーを開催しているという訳では勿論ない。
 ナルトが産まれた十月十日という日。
 それはナルトが暮らす木ノ葉の里が九尾の妖狐に急襲を受けた日。
 突如として現れた九尾から木ノ葉の里を守るために多くの忍が犠牲となった。当時、激減した(使える)忍に他里からの侵略を懸念するほどに木ノ葉の里は壊滅に近い状態へと追い込まれてしまっていたのである。
 その日、ナルトの両親も再び九尾を封印する為に、そしてナルトの命を守るために命を落とした。その事実をナルトが知ったのは青年と言って良い年齢となってからではあるのだが……。
 そんな日である。
 木ノ葉の里が里として、その日に慰霊祭を行うと決めたのは、その妖狐九尾に無残にも殺されてしまった忍達の家族の心情を思えば必然でもあった。
 そして普通の家庭であれば――百歩譲って普通に護られると認識される子供達であれば――里の忌み事の行事が重なってはいても、家庭に於いては、その子供の誕生を心から歓び感謝し祝うだろう。
 だが――。
 ナルトにそういう家族はいなかった。
 それどころか、父親の四代目火影ミナトの木ノ葉の里を救った英雄として育って欲しいという意思を裏切る形で、九尾の人柱力としてナルトの生は否定される事となる。
 だから、ナルトの誕生日は日頃にも増して惨めで辛いものだった。
 なぜなら慰霊祭が開催されるから……。
 それは取りも直さずナルトの内にある九尾の妖狐を呪う日でもあるのだ。
 何故、私のあの人が――。
 可愛い我が子が――。
 愛しい相手が――。
 何故、命を落とさなくてはならなかったのか!
 何故? 何故? 何故?
 ――と。
 その問い掛けから端を発する九尾への憎しみの心は全て人柱力であるところのナルトへと向かったのである。
 木ノ葉の里で九尾の犠牲者となった者達の慰霊祭が行われる十月十日。
 毎年の事、この日から一週間程度をナルトは自宅に閉じ籠もって過ごす。
 慰霊祭によって掻き立てられた荒だった人々の感情は一日で収まるようなものでは到底なく――大抵、慰霊祭当日から一週間程度はナルトに対しての風当たりが一年を通して一番厳しくなるのだ。
 ごくごく幼い時分には、そういった事全てが判らずに里のあちこちに出掛けてしまい結果、嫌がらせや謂われの無い暴力を振るわれたりした。
 が、人間とは学習する生き物だ。
 それはナルトとて例外ではない。
 いつしかナルトは慰霊祭前に食料を買い込んで自宅へと籠もる事を覚えた。
 流石にわざわざ自宅にまで嫌がらせをしに押し寄せる里人まではいなかったからである。
 だからナルトにとって誕生日というのは楽しく暖かなものではなかった。一年に一度、己の生誕を祝ってご馳走を用意し誕生日プレゼントを渡してくれる大人という存在をナルトは持ち得なかった。
 寧ろ迂闊に里の中を散歩でもすれば、たちまち里人の悪意に曝されて酷い目に遭う。
 身に染みて実感していたナルトだった。
 そもそもナルトには十月十日が自分の誕生日であるという認識すら最初はなかったのだ。
 ナルトが自分の誕生日が十月十日であると知ったのはアカデミーでの初年時にクラス全員の誕生日が貼り出されたからである。
 そして誕生日というものは、家族や友達に誕生を祝って貰えプレゼントを貰える嬉しく楽しい一日であると知ったのだった。
 とはいえ、もちろんナルト自身がそういった楽しさ嬉しさを直ぐに体感出来たわけではない。入学当初、クラスメート達が楽しそうに会話しているのを小耳に挟んだだけだ。
 それでもなかなかに衝撃的な事実ではあった。
 ナルトには家族がいない。
 それがどうしてなのかを当時のナルトは知らなかった。
 何故自分には両親がおらず、たった一人でアパートに暮らしているのか。
 クラスメート達は皆、親もしくは親戚と。最悪でも孤児達の施設で親代わりとなる大人達と暮らしている。
 ナルトのように幼い頃からアパートに一人暮らしている者などいはしなかった。
 淋しい。
 そんな感情を最初は持っていなかった程に独りだった。
 独りなのが当たり前だったナルトには、アカデミーで普通と呼ばれる子供達との交流がなければ〃淋しい〃という感情を理解し意識する事はないままだったに違いない。
 それはそれで倖せなことだったかもしれない。
 その感情が何であるのかを知らなければ、それはそれで当たり前として過ごしていけるのだから……。
 ただ――ナルトは知ってしまった。
 〃淋しい〃という感情を意識してしまった。
 そんな中で知った誕生日という認識。
 自分の誕生日である十月十日は――ナルトにとって自宅へと閉じ籠もらざるを得ない日だった。
 誰一人としてナルトの誕生を祝ってくれる者はいない。
 それを初めて知った時は哀しくて。
 哀しくて悲しくて、独りでアパートの部屋の中で号泣した。
 それでも、やっぱりナルトは変わらずに独りだった。
 少しだけ変化があったのはアカデミー在学中である。
 アカデミーの低学年の間では各月の間に、その月に産まれた子供をひとまとめにして誕生日を祝うという所謂、誕生日会が催されていたのだ。
 当然ナルトも、十月十日当日ではなかったが誕生日を迎えたという事で皆から祝われることとなった。
 ――流石に仮にも学校という立場上、ナルトだけを差別する事は出来なかったのである。
 その行事は皆にとっては通り一辺倒の単なる行事に過ぎなかった。だが、ナルトにとっては初めて自分の誕生を自分以外の者から祝って貰えたという心に残る日となったのだ。
 お金を掛けたものではない。
 手作りの、クラスメート達が作成したのだから他愛のない、言ってしまえば何なのか使途不明なものすらある、ナルトのための誕生日プレゼントを貰ってナルトは初めて誕生日というものを楽しいと。嬉しいと思ったのだった。
 そして。
 自分でもプレゼントを貰えるのだ、と思った。
 家族という括りからは無理であってもクラスメートという括りであれば祝って貰えてプレゼントだって貰える。
 それはナルトにとって嬉しい新しい発見だった。
 もちろん、アカデミーではナルトが苛めにあったり理不尽な暴力に晒されたりしなかった、という訳では無い。
 ナルトの内に封印された九尾の妖狐の事を口外する事は禁止されていたから、里の子供たちはナルトを大人世代ほどに忌み嫌っているわけではない。ただ、親が『あんな子と遊んじゃいけません』等を平然と口にするために、自分の価値観の中で自分の親が言う事が一番な幼い未熟な子供達にとっては、ナルトという子は近付いてはいけない存在と認識されてしまい、自然、遠巻きにして仲間外れにしてしまうという現象が起きてしまったり、高学年の子供達からすれば暴力を振るっても怒られる事のない憂さ晴らしに格好の苛めの標的になってしまう事もしばしばだった。
 それでも、アカデミーは入学して卒業するまでどんなに優秀であても飛び級は許されずに最低でも六年間が掛かる。これは仮初めとはいえ平和が保たれている中、急ぐことなく子供達をじっくりと時間を掛けて優秀な忍に育て上げようと定められた三代目火影・ヒルゼンの方針だ。
 そうなると生活時間の大半を子供達はアカデミーで過ごす事となる。つまり親よりも、クラスメートや教師と共にいる時間の方が長くなるのだ。親の言う事だけが正しい訳ではないと学んで行く。
 加えて子供達の成長も加味される。何時まででも親の言いなりで親に取って(都合の)良い子でいる訳も無い。必然的にナルトの事をナルト自身として捉えて毛嫌いする子供ばかりでもなくなる。
 アカデミーで一年を過ごす度にナルトの周囲はマシになっていく。あくまでもマシ程度であって良くなったとは口が裂けても言えない状況ではあったが――。
 尤も、これはナルトに封印されている九尾のせいでもあった。何しろ忍術に必要なチャクラを封印のせいでナルトは上手く練れなかったのである。
 子供というのは残酷なものだ。
 己より劣っている者に対してのシビアさは大人の比ではない。
 つまり、忍として最も重要な部分で劣っているナルトをクラスメート達は落ちこぼれとして、自分よりも格下の存在であると位置づけた。
 しかもナルト自身にもクラスで浮いてしまう原因があった。
 アカデミーである程度、普通の子供としての待遇を与えられた事でナルトは余計に、何故自分が里の大人達に忌み嫌われるのか疑問に思うようになった。
 アカデミーの教師達は理由無く人を嫌ったり差別したりするのはいけない事だと教えた。まったくその通りの正論である。腐っても学校なのであるから、忍としてという前に人としての在り方を説くのは当然と言えた。
 ナルトには嫌われる理由が無かった。
 それを疑問に思う前に既に嫌われているのなら嫌われる理由を作れば良い、と――。幼心に単純に思い込んで盛大な悪戯を始めたのだ。ある程度はヒルゼンが言うように悪戯をする事で大人達の気を惹きたいというものも、ホンの少しはあったかもしれない。が、理由の大半は理由なく嫌われているのだから、自身で納得する理由があれば気持ちが楽であると、幼い精神を守ろうとした自己防衛が働いたに過ぎない。
 そんなナルトにも六年経てば卒業の機会はやってくる。
 ただ、チャクラが上手く練れないナルトにとって、それは簡単なものではなかった。
 結局、二回ばかり試験に落ちて落第を繰り返し、三回目の試験も一旦は落ちてしまう。その直後、アカデミー教員の一人であるミズキの陰謀に巻き込まれ騙されて禁術ばかりが集められた巻物を盗んだことで、そこに掲載されていた多重影分身の術を見事に会得した。
 会得後にミズキに騙されていた事を知った。ばかりではなく、何故ナルトが里の大人達から忌み嫌われてきたその理由を知った。
 己が〃化け狐〃だと――知らされた。
 事実は若干違っていた(九尾自身ではなくナルトは九尾が封印されている人柱力である)のだが、初めて聞かされた〃事実〃にナルトは動揺した。
 だから、己はずっと独りで、里の大人達から忌み嫌われていたのだ、と。それは未だ十二歳の少年の心を絶望に落とし込むには十分だった。
 それでも、その時その場に駆け付けてくれた担当教員である海野イルカが身を挺してミズキの風魔手裏剣からナルトを庇い、背中から血を流し涙ながらにナルトの心情を慮ってくれた事がナルトを救った。
 もし、イルカの生徒思いの心がナルトへと届いてなければ結果は全く違ったものになっていたに違いない。
 会得したばかりの多重影分身の術でミズキを捕縛するのに一役買ったナルトは、その一部始終を見ていたイルカに認められて卒業の証である木ノ葉マークの刻まれた額当てを与えられた。
 こうしてナルトは三回の卒業試験に尽く落ちたものの、その直後の努力によってイルカに認められ漸く卒業出来たのだった。
 アカデミー卒業がナルトの第二の転換期だっただろう。
 晴れて下忍として認められて第七班に配属された。
 そしてナルトにとって、七班は生涯で最も大切な者達との出会いを――顔見知りという程度での知り合いという意味ではなく――もたらしたのである。
 うちはサスケと春野サクラ、そして担当上忍である畑カカシ。
 この四人との出会いが無ければナルトはナルトたり得なかった。
 ただ、四人で過ごせたのはごくごく短い期間だった。
 およそ一年。
 迎えられた誕生日は各々一回ずつ。
 サスケの七月二十三日、カカシの九月十五日、そしてナルトの十月十日にサクラの三月二十八日。
 一巡りするだけの時間しか与えられなかった。
 それも盛大に祝う等といったものとはほど遠い。
 ほとんどが任務で集まった時に『おめでとう』と口にし、ささやかな誕生日プレゼントを相手に渡すといったものだった。
 それでも。
 ナルトにとっての誕生日の日というものの起源は、この第七班でのやりとりからだったのである。



 そして――今。
 第四次忍界大戦の終戦日が十月十日だったため、木ノ葉の里の慰霊祭は趣を変え、終戦記念日としての意味合いが強くなった。
 慰霊祭の慰霊の中には第四次忍界大戦の戦没者が含まれ、のみならず第一次から第三次までの戦没者をも慰霊するといった風に、里に尽くした結果亡くなった者全てを悼むといった祀りへと変貌し、九尾の犠牲者を弔うといった意味合いは薄くなった。
 寧ろ、第四次忍界大戦が終わった日十月十日が大戦を終結へと導いた英雄ナルトの誕生日であると知れ渡った為、慰霊祭もそこそこにナルトの誕生を寿ぐ生誕祭のような傾向すらある。
ナルトにとって、それが嬉しくないわけではない。誰でも自分の誕生日を祝って貰えるのが嬉しくない、という者はいないだろう。全くいないとは言わないが大多数の者は、という話である。
 だが、それはそれで大層複雑な想いに駆られないこともないのだ。
 何しろナルトの幼い頃から虐げられて訳も分からずに忌み嫌われてきたという過去は、多少疵痕が薄れる事があっても決して消える事はない。事実という観点に立てば尚更という話だ。
 あれほどに、ナルトに対して冷たい態度をとり続けた者達。それが掌を返してナルトを称讃し囃し立てる。
 過去のあれこれを詰るつもりなど今更なので更々無い。無いのだが、それでもホンの少しだけ忸怩たる想いが澱のように心の片隅に残る。ナルトにしても聖人君子ではないのだから、それは仕方のない事だ。寧ろ、心が大きく広い方だろう。そのくらいで済ませてしまえるのだから。
 そんな風にナルトを取り巻く状況は大いに変化した。
 ナルトの誕生日である十月十日に自宅に閉じ籠もって蹲っている必要も最早無い。
 十月十日に里を散策でもしようものなら口々に『お誕生日おめでとうございます』と声が掛けられる。誕生日プレゼントと称して、あちこちで呼び止められて贈り物を手渡される。
 寧ろ、呼び止められる度に礼を言ったりプレゼントを受け取るのも大変でそれを避けるために自宅から出なかったりと、かつての己に将来を言ってやったらどうだろうと思うほどだ。
 羨ましがるのか嫌そうな表情をするのか――見物な気がするのだが。
 それはそれで良いと受け入れてはいる。いろんな人がナルトの誕生日を祝ってくれて。昔に比べたら遥かに……比較するのがおかしいほどに倖せな状態だ。
 それでも――真実、祝って欲しいと願う相手がいる。
 本当はいつだって、その一人がナルトの誕生日を祝ってくれたなら、それだけで世界中で一番倖せだと思えるのだ。
 他の人間から、ましてや見ず知らずの者からのお祝いなんて、そのたった一人に比べたら数にも入らない。
 心の底から願ってやまない、たった一人からの自分の誕生を祝ってくれる言葉。本当に欲しいのは、その人からの言祝ぎだけだ。例えそれが傲慢な考えだと罵られようとも、これだけは絶対に譲れない。
 傲慢だと非難する者にはいくらでも言葉を返す事が出来る。
 曰く、オレが温もりを求めていた幼い頃に何をくれたんだ? と。冷たい視線と謂われの無い暴力と、それ以外に何を? と。今更のように掌を返して、ちやほやする相手を少しぐらい疎んじても、それがどうした、といくらでも言い返せる。
 だから、そんな独りだったナルトのたった一人。その一人を誰よりも一番に据えて何処が悪いのだ。
 もちろん家族は別枠ではある。妻のヒナタに二人の子供のボルトとヒマワリ。三人からおめでとうと告げられるのは素直に嬉しい。
 だが――それとこれとはまた別なのだ。
 というより、家族ではなくその一人が別枠なのだ。ナルトにとってのたった一人。きっと家族よりも大切な――。
 その一人からの祝の言葉を待ち続けて願い続けて。ナルトの十月十日は始まって終わりを迎える。
「はぁぁぁ……遅いってばよ〜」
 ナルトの言葉はいつになく覇気が無く、悄気返っていると言って良い。
 なぜなら、十月十日が後少しで終わってしまうのだ。
 今日は色々と忙しい一日だった。
 それはそうだろう。
 何しろ木ノ葉の里の英雄、そして今や七代目火影となったナルトの誕生日の日だったのだ。
 朝から、やれ慰霊祭だ終戦記念日だ生誕祭だとあちこち振り回されて挨拶のし通しである。一箇所が終われば次の一箇所といった具合で目まぐるしくあちこち連れ回された。
 家族で祝うなんてとんでもない。
 もちろん、中には〃火影一家〃なるものを求められた会もあったわけで。一家揃って挨拶するのに顔を合わせた家族から『おめでとう』の言葉を貰えてはいた。
 それはそれで嬉しい事だった。というかそれで終わってしまえるのだ。薄情だと言われるかもしれないが、それが真実なのだから仕方ない。――最近開き直りに磨きが掛かっているナルトである。
 常ならば、もうナルトが待ち望んでいる相手からも『おめでとう』と言って貰えている筈だ。
 だが、今回はあらかじめ「遅くなる」と伝えられていた。
 だから、黙って待ち続けていた。――のだが。
 流石に後、数分で十月十日が終わってしまう、となれば黙ってもいられない。
 うろうろと火影室の中を右往左往彷徨き回る。シカマルあたりが見たら「火影の威厳も何もあったもんじゃねぇ、落ち着いて椅子に座ってろ、この馬鹿が」とでも言いそうな様相である。
 だが、幸か不幸か今火影室にはナルトしかいない。
 ――ので、好き勝手彷徨けるわけだが……。
「あーっっもうっ遅いってばよっ我慢なんか出来ねーっっ」
 叫ぶや否や仙人モードに切り替える。
 もちろん、ナルトが待っているたった一人が今どこにいるのかを探るためだ……ったのだ、が。
「何してやがる、このウスラトンカチが」
 紅い隈取りが目の縁に現れるか否かで掛けられた言葉と、すこん、と投げ付けられた巻物が頭にぶつけられたのが同時だ。
「サッ、サスケェェェェ」
 名前を呼んだ(さけんだ)時には仙人モードは解かれて、あまつさえサスケの傍へと一っ飛びで、しかもナルトのその余りの勢いに一瞬呆気にとられたサスケがハッと気付いた時にはナルトに因って抱き竦められているという早技だ。
「ちょっ、なんなんだっ、お前はっ」
 サスケ、サスケと呼びながら抱き締めるナルトはあろうことか、えぐえぐと涙を流している。
 これは、退く。
 サスケでなくとも退く。
 大の大人が――というより七代目火影ともあろう男が、同年代の男に抱きついて涙を流している姿である。
 はっきり言ってキモい。
「も、お前……遅いってばよぉぉぉぉぉ」
「……解った、分かったから、離れろっ」
「いやだ」
「いやだじゃねぇ、このっ」
 引き剥がそうと試みるのだが、流石七代目火影の名は伊達ではない。というより、ナルトのサスケへの吸着力を侮ってはならない。
 一旦、こうと決めたナルトをサスケから引き剥がすのは至難の業だ。例えそれがサスケ本人であっても、である。
 何とか引き剥がそうとしていたサスケだったが、ふと目にした時計の針に諦めたように力を抜く。
「……っち。仕方ねぇ」
「?」
「時間がねぇからな。こっちが先だ。『お誕生日おめでとう』産まれてきてくれて感謝だ。このウスラトンカチ」
 サスケが言い終わるのと時計の長針が文字盤の十二を指して短針と重なるのが同時だった。
 間に合った、と大きくサスケが息を吐くのと、感動に打ち震えていたナルトが再度名を叫んで緩んでいた腕の力を再び籠めてサスケを抱き竦めたのが、これまた同時である。
「こッ、このっ……好い加減離れろっ」
「やだね、離さねぇ」
「せめて力弛めやがれっ、この馬鹿力がっ」
「サスケェ……お前ってばお前ってば、間に合うように息せき切って駆け付けてくれたんだよな! な? な?」
「……」
 図星を指されたサスケは無言である。
 が、そんな事は今更であるのでナルトも気にしない。
 ただ、嬉しい、と。
 それを全身で表してサスケを抱き竦めたままに、すりすりと頬を擦り寄せる。
 そう。
 ナルトがたった一人。自分の誕生日を祝って欲しいと願っている相手。家族よりも誰よりも、世界中の中でたった一人の掛け替えのない相手。
 うちはサスケを腕に抱いて満足げに吐息する。
 これは多くを望まない(←?)ナルトがただ一つサスケに願ったことだった。
 旅に一人で出掛けると聞いて、ナルトから離れると聞いて、それを了承する代わりに願い出たこと。
 年に一度、誕生日だけは直接会ってナルトの誕生日を祝う事。どうしても戻れないなら、あらかじめ言っておくこと。――もちろん、その時はナルトの方から出向くつもりで。
 だが、約束してから一度たりとも間に合わなかったことはなかった。だから、今度も心の底では絶対に間に合うだろうと思ってはいたのだ。
 それでもやっぱり不安で。
 信じていないわけではない。ただ相手を信じてはいても、知らず込み上げてくる不安があるのだ。これは人である限りはどうしようもない。
 寧ろ、その不安があるからこそ、違えられずに果たされた約束はより一層嬉しいものとなるのかもしれなかった。
「サスケ、嬉しいってばよ。これからまた一年よろしくだってばよ」
「ウスラトンカチ」
 誰よりもサスケに祝って貰いたいんだ、と真摯に告げられたからナルトの提案を呑んだサスケだったが、ここまで嬉しがられるとあのとき突っぱねずに受けて良かったと心底思う。
 もちろん、突っぱねた時のナルトの行動が恐ろしかったという裏の理由も有りはする。ナルトには死んでも言わないと決めているが、その時のナルトはサスケが冷静に観察して真面目にヤバかったと思っている。
 了承しなければ何をされていたのか――恐らくはロクでも無い事だったに違いないのだ。
 それでもこうして、サスケだけをひたすら待ち続けるナルトを見ていると心の片隅にホンの一欠片優越感が湧き起こる。
 七代目火影にまで上り詰めたほどの男が待ち焦がれているのが己だという甘い甘いソレ。
 結局は、全てを思い通りにしてしまう。
 それだけのカリスマを持ち得ているという事なのだろう。
 ナルトという男は。
 そして、サスケはそんな男に囚われている。
 ナルトにしてみれば、自分の方がサスケのように非道い男に捕まったと主張するだろう。
 サスケにすれば、どちらがだと言いたい。
 まぁ、端から言えばお互い様だ、という事なのだが。
 互いが互いに囚われている。囚われ続けていると言っても良い。
 だから――。
「……ちょっと待て。この手はなんだ?」
 ナルトの不埒な手がごそごそと何やら不穏な動きをしていると思ったら、気付いた時にはサスケの衣服はかなり乱されていてかなりみっともない格好にまでなっている。
「そりゃ、誕生日おめでとうって言った後には誕生日プレゼントが貰えるもんだろ? オレは誕生日プレゼントには、お前を貰うって決めてんの」
 今更だ、と言わんばかりのナルトの台詞には確かに今更だと思いつつも呆れの吐息が零れ落ちてしまう。
(しかも誕生日だけじゃねぇだろが)
「なになに。なんか文句でもあるんですかぁサスケちゃんよぉ」
 いったいどこの愚連隊だ、と問い掛けたくなるナルトの言い種ではあるのだが、確かにギリギリまでヤキモキさせてしまったという負い目がサスケにはあった。
(どこまで甘くなってんだかな、オレは……)
 世界が無限月読に掛かっている中で繰り広げた死闘の後、サスケはナルトに甘くなった自覚がある。
 しかもそれは日々、年々、拍車が掛かっていっている気がするのだ。尤も、サスケもまたそれを止める気がないのだから何をか況んやという話ではある。
「ベッドに連れて行くまでくらいの我慢はしたらどうなんだ? このウスラトンカチ」
 するり、と。
 左腕をナルトの首に廻し口角を上げて至近距離で告げられたサスケからの行為のお許しという名の誕生日プレゼントはナルトの理性を吹き飛ばすには十分で。
 ナルトは嬉々としてサスケをお姫様だっこで抱きかかえると――むろんお姫様だっこに抵抗のあるサスケは暴れまくったが、それで諦めるような根性はしていない――火影専用仮眠室へと誘ったのだった。





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