憧れ【ひまわり】


ヒマワリ⇒サスケ? 原作ベース
ヒマワリのお話が書きたかった! 結論、所詮はサスケスキーが考える話である。
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「ヒマワリちゃんは良いなぁ。なんたってお父さんが七代目火影でしかも英雄って呼ばれてるくらい強くて格好良いんだもん。羨ましいなぁ」
 アカデミーの放課後、帰宅しようとしたヒマワリに一人のクラスメートが告げて来た言葉にヒマワリはきょとんとした表情を返した。
「そう、かな?」
「そうだよ! それにお兄さんはこの前の化け物が襲って来た時に五影達と一緒に異空間まで行って捕まったお父さんを助けて、しかも化け物もやっつけたんでしょ? 凄いよ!」
 一人のクラスメートが言い始めたことに他の子達も追随して口々に凄いとか羨ましいとか色々なことを言い始める。
 まだアカデミー初年度の子供達である。かつての戦時下において育っていた子供達とは違って思考も言動も年相応に幼い。幼い故にあらゆる面で正直で遠慮がない。
 確かに六、七歳の子供達にとってはヒマワリの父や兄の活躍は、現代の生きる英雄譚であり、身近にあるわくわくする冒険話につきるだろう。
 改めて思い起こせば英雄と呼ばれ里中の人々から尊敬と称賛を受ける父親に、中忍試験での不正を償って余り有る活躍に英雄の息子はやはり英雄だと、いきなり注目と称賛を浴びて連日テレビであるとか雑誌等での取材に引っ張りだこの兄、そして木ノ葉の里一といって良い旧家出身で白眼という特殊な眸を持つ母という家族構成。
 確かに一般的な忍の家庭や忍の家系ではない家庭とは違ってるのかもしれない、とここにきて初めてヒマワリは思い至ったのだ。
 何しろヒマワリにとってはクラスメートの皆が言う〃凄い〃とか〃羨ましい〃という状態がごくごく普通の日常の一環だったのだ。それが当然として育っていれば自分が置かれている状態こそが〃普通〃となってしまうのは致し方ない。
 だから、クラスメートに口々に告げられて初めて、もしかしたら自分の家族は普通じゃなかったのかもしれない、と思い始めたというわけである。
「あんなに凄いお父さんとかお兄さんがいて良いなぁ」
「羨ましいよねぇ……」
「私のお父さんもヒマワリちゃんのお父さんみたいに強くて格好良かったら良かったのになぁ」
 他愛のないヒマワリの家族を羨む言葉が続く。
「でもヒマワリちゃんは普通だよね」
 そんな中で一人のクラスメートが何気なく放った言葉は、口にした本人は全く意図してなかったとはいえヒマワリにとっては、いきなり落とされた爆弾のようなものだった。
「え?」
「そうだね〜ヒマワリちゃんは私達と同じだねっ」
「ヒマワリちゃんが私達と同じで良かった〜」
 ヒマワリの心中を置いてきぼりにしてクラスメートは口々に良かったと言い始めて、それぞれが気持ちの落とし処を見付け完結させると三々五々帰宅し始める。
「ヒマワリちゃん、帰ろ」
「う、うん」
 元々の発端であるクラスメートが一緒に帰ろうと帰宅を促す。それに頷いて教室を後にしながらヒマワリの心中は複雑だった。
 自宅の方向が同じだから一緒に帰ると言っても、別に自宅が隣同士というようなものでもなく最後の最後まで一緒なわけではない。
 寧ろ、ヒマワリの自宅は住宅街の中にあるとは言ってもクラスメート達との家とは離れていて、ぽつんと一軒だけ孤立しているような状態にある。
 別に意図されたものでもなかっただろうが、それが今のヒマワリにとっては有り難かった。
 クラスメートが何気なく放ったのであろう言葉が、しくしくとヒマワリの胸の内を呵んでいる。
 父や兄と違って〃普通〃である、と。そう断じられた事がヒマワリにとっては痛かった。
 まるで――。
 特殊で際だった家族の中、自分一人だけが異分子のような気がしてしまった。
 もちろん、事実は違っている。
 普段のヒマワリの眼は父親譲りの碧眼であるためにクラスメートは誰も気付いてはいないが、実際は日向家の白眼を継いでいる。未だ己の意思によって自在に顕現させる事は出来ないが、気持ちが昂ぶった時(つまりは怒り狂った時とも言える)等に発現してしまうのだ。
 これには苦い思い出も付随している。
 ヒマワリが初めて白眼を開眼したのは父であるナルトが七代目火影へと就任した就任式の日だった。
 その日、就任式に家族揃って参加するために用意をしていたのだが、当時ヒマワリには何処に行くのにも持ち歩いていたお気に入りのパンダの縫いぐるみがあった。
 その縫いぐるみを就任式へと持って行くか行かないかで兄のボルトと揉めたのである。
 縫いぐるみは一抱えもある大きめなもので、確かに当時のヒマワリにとっては大きめなものだった。だから、疲れて持ち歩けなくなってしまったヒマワリの代わりに兄のボルトが結局自分が持ち歩く羽目になるのだと危惧したのも当然のことだ。
 ボルトにすれば、そんな大きな縫いぐるみを持ち歩くのは恥ずかしいと感じる年齢になっていたために自宅に置いて行けと主張したのだ。それをヒマワリは拒否したために縫いぐるみの引っ張り合いになってしまったのである。
 二人共が主張を曲げずに頭と胴体の下部分を持って引っ張り合ったのだから縫いぐるみとしては堪らない。見事に首の部分からもげてしまい二つに分かたれてしまったのだ。
 流石にボルトは兄として悪かったと焦り、そしてヒマワリは――。
 怒りに我を忘れた、という表現が一番妥当だろう。
 縫いぐるみの頭の部分を持って勢いで倒れてしまったヒマワリが起き上がった時、ナルトから受け継いだ筈の碧眼は見事な白眼へと変化していたのである。
 そのまま兄妹喧嘩というよりかはボルトが一方的にヒマワリにやり込められている最中に子供達の喧嘩に気付いたナルトが親として当然の行動に出た。
 つまり、兄妹喧嘩を止めようと二人の間に割り込んだのである。
 結果、ヒマワリの白眼を利用してのボルトへの攻撃を身代わりにナルトが受けてしまった。
 しかも選りにも選って急止の点穴だったためにナルトはその日一日目覚める事が敵わなかった。つまり、大切な七代目としての初任務といって良いだろう就任式を欠席せざるを得なかったのである。
 就任式自体は猿飛木ノ葉丸が急遽ナルトへと変化し無事に終了し、またそれが木ノ葉丸とバレはしなかったのでそれと知っているのは六代目火影の畑カカシと木ノ葉丸の二人に限定されたものの、やはりナルト本人が出席出来なかったというのは紛れもなく汚点である。
 ヒマワリが正気に返った時、ナルトもヒナタもそのことを叱りはしなかった。寧ろ、白眼に開眼した事を歓んでくれたのだ。それでもヒマワリ自身には取り返しの付かない飛んでもなく悪い事をしてしまったのだ、という自覚と負い目が残ってしまったのだった。
 だからなのか、ヒマワリは未だに白眼を己の意思で操ることが出来ない。
 ヒナタにも日向本家のヒアシからも、未だ小さいのだから仕方ないと告げられている。それでも、ヒナタや叔母のハナビがヒマワリの年には白眼をある程度は操っていたのだと知れば、それが慰めの言葉に過ぎないのだと分かってしまう。
 いくら幼くとも幼いなりにプライドはあるのだ。
 それがヒマワリには離れない劣等感として纏わり付いている。
 だから、クラスメートの〃普通〃という言葉がより一層ヒマワリの心にぐっさりと突き刺さってしまったのである。
 どうしても、このまま真っ直ぐに自宅へと帰る気がおきない。
 ヒマワリは踵を返すと自宅とは反対方向へと駆け出した。
 元より当てがある訳ではなかった。
 ただ、家に真っ直ぐ帰りたくなかった。
 それだけだったのだ。
 当て所なく里の中を歩く。
 大門からは出られない、と無意識に避けていた。つまりは人気の無い方へ無い方へと歩いていることとなったのだ。
 そして――。
 気付いた時には目つきの悪い大人達に囲まれていた。
「うずまきヒマワリか?」
 リーダーだろう男からの問い掛けは単なる形式的なもののようにヒマワリには感じられた。なので無言で通す。だからといって、そのまま見逃してくれるような輩でない事は確かであり、実際、黙ったままに男達を見上げるだけのヒマワリに対して男は無頓着に腕を伸ばす。
 捕まっては駄目だ、という認識は勿論あった。
 身を躱して咄嗟に男達の間を擦り抜けようとする。
 アカデミー生とは、つまりは忍者の卵である。
 基本的な体捌き等は未だ未だ未熟とはいえ一通り教えられている。しかもヒマワリは日向の総帥ヒアシの外孫である。木ノ葉流と呼ばれる体術だけではなく日向一族に伝わる柔拳も開眼と同時に母のヒナタから習っている。
 だからもちろんアカデミーの同級生達よりも躰の動きには自信があった。つまり充分、男達の手から逃れられると踏んだわけだ。
 ただ、ヒマワリには相手の力量を推し量るだけの経験が圧倒的になかった。
 自分を取り囲んでいる目つきの悪い大人達の事を、里の中で時折見かける仕事もしないで遊んでいる大人達――母達が眉を顰めるものの大した事が出来る訳ではないと放置している――と同一視したのである。
 擦り抜けた! と思ったヒマワリの躰は、アッと思った時には先ほどヒマワリに問い掛けを発した男によって抱え上げられていた。
「っと――何処へ行くつもりだい? お嬢ちゃん」
 男の冷徹な声音にヒマワリは自分が見誤っていた事を知る。
 この男達は里に巣くっている者達とは根本的に違うのだ。よくよく思い返してみれば雰囲気からして違っていることに気付く。
 ヒマワリは真っ青になる。
 自身が七代目火影の娘だということ。
 なおかつ、木ノ葉の里で忍者の名門と謳われている日向一族の血を引き、しかもその血は限りなく直系に近いものだということ。
 そんな事を鑑みれば、ヒマワリの価値は計り知れないほど大きなものだと言える。
 火影や日向一族に対しての人質というだけでなく、その躰自体が既に血継限界を受け継いでいる謂わば稀少品なのである。
 かつて、ヒマワリの母であるヒナタも雲隠れの里の忍に白眼を狙われて拐かされたという。その時にはヒナタの叔父のヒザシが命を落とした。
 うかうかと己が誘拐されることによって周囲の人々に多大な迷惑を掛けてしまうというだろうという自覚はむろんあるのだ。何とかしてこの男達から逃れなければ、という思いが湧き起こるのだが、如何せん未だ六歳の少女には荷が勝ち過ぎていた。
 心細い思いと自分では歯が立たない程かけ離れている男達との力の差に込み上げる悔しさと、色々な思いが混ざり合って知らず涙が浮かんでくる。
 それでも泣きじゃくるには自尊心が邪魔をした。ヒマワリは必死になって嗚咽を堪える。絶対に、火影の娘としてみっともない姿を男達に見せて堪るものか、とそれだけの一念で唇を噛み締めた。その上で、大人しく連れ去られる訳にはいかない、と力の限り抵抗し逃れようとする。
 だが、ヒマワリを捕らえた男達はただのヤクザ者達等ではなく、かなりな腕を持つ忍の集団だったらしい。力量差があるという事はここまで抵抗を簡単に封じられるものなのか、と否応なしにヒマワリは学習させられる。
 男達のリーダーは暴れるヒマワリを難なく担いだままに容易く木の上を枝から枝に飛び移る。その後を遅れる事無く男達が追随する。手練れの集団であることはその統制のとれた動きで一目瞭然である。
 男達の駆けるスピードはかなりのものである。
 このままでは里を抜けてしまう――そうなればヒマワリの痕跡を辿るのは至難の業となっていくのは自明の理と言えた。
 この男達が何処の忍里の者達なのか。または忍里に関係のない抜け忍の集団であるのか。そういった男達の背景に関連した事を男達は一切口にしない。それがより一層男達のプロフェッショナルな部分を強調しているかのようだ。
 ぞくり。
 どこか非現実のように捉えていた。直ぐに救いの者達が駆けつけて助け出されるに違いないと心のどこかで軽く考えていた。こんな事が自分の身に起こる筈がない、と。訓練か何かかもしれない、直ぐに怖がらせて申し訳なかったと男達が謝ってきて――泣き笑いで怖かったけど許してあげる、と言ってお終いになるのだと……そう信じていた。
 だが、違う。
 これは――紛れもなく現実だ。
 実際にヒマワリは何処の誰とも知れぬ集団の男達に攫われようとしている。
 助けは……。
 ない。
 そうと悟った途端、躰が強張る。
 絶望が思考の全てを奪っていく。
 それでも思わずにはいられない。
 誰か。
 誰か助けて!
 ぎゅ、っと眸を瞑った。
 現実を直視するにはヒマワリは未だ幼すぎて。とても目を開けてなどいられなかった。
 だから――。
 その瞬間をヒマワリは知らない。
 ふわり。
 え? と。
 気付けばヒマワリを攫おうとしていた男達が死屍累々と地へ伏せている。
 そしてヒマワリは、一人の男の腕に抱き留められていた。
 誰――?
 知らない、男の人……と思ったのは、その人が里にいるよりも里の外にいる事が多く、なぜなら重要な長期の里外任務に就いていて里で見掛ける事が滅多とないせい。
「大丈夫か?」
「あ……サラダお姉ちゃんの――パパ?」
「無事で良かった」
「おじちゃんが……助けてくれた、の?」
「ああ……」
 ぽろぽろぽろ。
 何とか大事になる前に助かったのだ、と実感が湧いた途端、涙が溢れ出してくるのを止める事はもう出来なかった。
「……ぅ……ひっく……」
 我慢していた分、しゃくり上げて泣き出してしまう。
 そんなヒマワリをサラダの父でありボルトの師匠でもあるうちはサスケはただ黙って抱き上げたままにヒマワリが落ち着くまでジッと待っていた。
 ヒマワリが漸く泣き止んで落ち着くとサスケはヒマワリを抱いたままに惨劇の場を離れ里への道を辿り出す。
 ヒマワリにとってサスケは見知らぬ相手ではなかったが、かといってそれほどに親しい相手でもなかった。
 兄のボルトと同班であるサラダの父親であり、そしてボルトが弟子にして欲しいと押し掛け迫ったというボルトの師匠で。そして父のナルトにとってのライバルで親友だと――聞いているだけだ。
 ヒマワリにとってこれまでサスケという人物はあくまでも噂の中にだけ存在している者だった。これほどに傍近くいたことはない。
 ボルトが尊敬し憧れを抱いている相手で。
 サラダが口先では何と言っていても敬愛し大好きな父親で。
 ナルトと同程度の力量を持っている忍界における生ける伝説の忍双璧の片割れ――勿論もう一人は父親のナルトである。
 普段、里にいないせいで色々と興味本位の噂も多い。
 ともかく、ヒマワリにとってサスケはあくまでも伝説の忍でありこんな風に近くで生身の人間として傍に在る事があるのだ等と考えた事もなかったのである。
 ヒマワリの心情を慮ったに違いない、サスケはヒマワリを腕から下ろすことはなかった。それがヒマワリは嬉しくて、ぎゅっとサスケの首に腕を廻してしがみつくように抱き付く。
 今はサスケの存在が優しく心に染みて嬉しかった。
 サスケはナルトの様に口数が多くなく道中もほとんど喋りはしなかった。それでもその沈黙は心地よくて――居心地の良いサスケの腕の中はヒマワリの心を癒やすには充分な威力を持っていた。
 里に帰って来たのは、そろそろ一番星を空に確認出来そうな頃合いでアカデミーからの帰宅時間からは遙かに逸脱している。
 これでは家族に心配するなと言う方が無理である。
 それをサスケは慮ったのだろう。
 サスケはそのままヒマワリを家まで抱いて連れて帰ったのである。
 案の定、ヒマワリの自宅に着いて玄関チャイムを鳴らした途端、室内をぱたぱたと軽い足音が玄関へと近づき、ドアを開けるなりヒマワリが帰宅したのだと疑わないヒナタの声が掛けられる。
「ヒマワリ、いったい何処に行ってたの心配したの……え? サスケくん?」
「ヒナタ、娘は無事送り届けたぞ」
「え? 無事、って……?」
「ママ!」
 状況が読めずにサスケに抱かれている娘のヒマワリを驚いた表情で見てしまう。戸惑うヒナタだったが、更にはサスケの腕の中から今度はヒナタの方へと腕を伸ばし飛び込むように抱き着いてきたヒマワリという事象に何事かを悟る。
 安堵の表情と共に涙ぐんでいる我が娘を抱き留めていきながら、ヒナタはサスケへと問い掛けの眼差しを向ける。それへサスケはそっと頷きを返した。
 それだけで十分だった。
 伊達に日向宗家の長子として生をうけた訳ではないし厳しい忍の世界でのくノ一の一人として上忍資格をも取得している訳でもない。
 忍の世界の非情さや血継限界の血を受け継ぐ者として生きる厳しさは誰よりも熟知している。それがヒナタである。
「サスケくん有難う」
 何が起きたのかを正確に把握したヒナタが心から感謝の言葉を口にするのにサスケは軽く眼を伏せるような合図のみで身を翻す。
「あ! 師匠っ!」
 ヒマワリの事をやはり心配していたボルトが玄関チャイムの音に一旦自身の事を後回しに二階から降りようとして目敏くサスケの姿を見付けてしまう。
「何時、里に帰って来たんだってばさっ」
 慌てて二階から駆け下りるや、ヒナタとヒマワリそっちのけでサスケの元へと駆け寄るなり、逃がしてなるものかと言わんばかりに先ずはサスケが常に羽織っている黒コートをわし掴みにしつつ問い掛ける。
 その姿はかつてサスケの姿をひたすらに追い掛けていた頃のナルトを彷彿とさせるもので思わずヒナタは笑んでしまった。
「ヒナタ……」
「あ、ごめんなさい。だって……」
 そんなヒナタの様子に自身も少なからず心当たりが無いわけでもないサスケが咎めるような視線を向けるものの、そこから先は、くすくすと笑うばかりで声にならない。
 そんな大人達のやりとりは子供にとっては自分を無視されたような気がして許容出来るものではない。
「師匠、オレの質問に答えてくれってばさっ」
 催促しつつ掴んでいたコートをぐいぐいと引っ張ってサスケの意識を己に向けさせようとする。
「ああ……別に里に帰って来ていたのにお前に教えてなかったわけじゃない」
 軽く溜め息を吐きつつボルトの頭をくしゃりと撫でてサスケは告げる。つまりは先刻帰って来たばかりだと言いたい訳である。
 サスケのこうした遠回しな物言いにボルトは漸く慣れて来たところだ。
「なんでヒマと一緒だったんだってばさ」
「幼い少女に夜道は危険だから送り届けただけだ」
「――ふーん」
 ボルトは結構鋭いところがある。とはいえ未だ十三歳にも満たない少年に正解は導き出せないだろう。
 そんなサスケとボルトのやりとりをヒナタにしがみついたままに見詰めていたヒマワリは漸くサスケの容姿をじっくりと見る機会を与えられていた。
 誘拐されかけていた所をサスケに助けられてからこっち、今まではサスケの容貌を眺める心の余裕など当然のことながら到底無かったのだ。
 漸く安全な場所である自宅へと戻って来られてなおかつ己を絶対保護してくれると信じていられる母親の腕の中でやっとそういった命の心配をしなくて済む時に気に掛かる様々な物事へと意識が向いたのである。
(すごく……キレイ……)
 ボルトやナルト、果てはヒナタに至るまで、うずまき一家でヒマワリ以外のサスケに直接会った事のある面々がサスケの事を評する時に必ず口にする言葉が〃綺麗な男(ひと)〃というものだ。
 もちろん、ボルトが英雄視されるに至った事件の後、ヒマワリの家の居間には五影とボルトにサスケを交えた記念撮影宜しく撮影された写真が飾られてはいる。
 だから、サスケが整った容姿を持っている男であるという事をヒマワリだとて承知してはいた事だった。
 ただ如何せん、その写真は七人が写っている集合写真であるという事を考えれば余りにもサイズが小さすぎた。
 なので、その小さな写真からヒマワリが受け取れる印象は確かにサスケが美男子であるという事実を否定するものではなかったが、ヒマワリ以外のうずまき一家が告げるサスケの容貌の美しさというものは捉え切れてなかったのだ。
 だが、ここにきて心の平穏と共にサスケをじっくりと眺める事が出来たわけで。ヒマワリは漸く両親や兄が言っていた〃サスケは綺麗だ〃という言葉の真の意味を悟る。
 単純に容姿が人より整っているだけではない。
 その存在感やサスケが持つ人を惹き付けてやまない雰囲気であるとか、諸々を全てひっくるめて〃美しい〃という形容になるのだと思い知る。
 写真などでは推し量る事が出来る筈もない。
 サスケの美しさは迫力と言い換えても良い。
 圧倒される美というものがあるのだと――。
 ヒマワリは齢六歳にして悟りの境地へと至ったのである。
 と、同時にサスケの事を知りたい、という強い欲求が込み上げてくる。
 この生きながらにして伝説と化してしまっているほどの圧倒的な強さと美しさを兼ね備えた男(ひと)の生き様を、教えて欲しい。
 そうする事で何か……ヒマワリが抱えてしまった今日鬱屈してしまった思いを蹴散らせてしまえる、そんな気がした。
 ギュッとヒナタへとしがみついていた躰を離して、ボルトが掴んでいるサスケのコートへと手を伸ばすとヒマワリも負けじとぎゅむっと掴んでみる。
 サスケが驚いたように一瞬目を見開くが、それだけだった。
 ボルト同様にヒマワリの頭にも手を差し伸べて、くしゃりと頭を撫でられる。嫌がられていない、という事がそれだけで伝わって来てヒマワリは嬉しくなる。
 そこで漸く助けて貰ったお礼を言ってないことに気付く。
「サスケおじちゃん、今日は有難う」
「ああ。だが当然のことをしただけだ。礼は不要だ」
 ヒマワリへ向けてサスケは口角を上げてうっすらと微笑む。
 その微かな笑顔にヒマワリは視線を釘付けにされてしまう。
(キレイキレイキレイ!)
 ぼうっと見惚れているヒマワリの顔は真っ赤に染まっている。それはかつてアカデミー時代に於いてサスケを取り巻いていた女の子達そっくりの――。そして、そんなヒマワリの様子にボルトが気付いて大層複雑そうな表情を見せている。
 ボルトは昔のナルトそっくりでポーカーフェイスとは無縁である。師匠のサスケに似ればもう少し内心を悟らせないように表情を作る事が出来るだろうにという話であるが、こればかりは現時点では如何ともしがたい。
 ヒマワリは可愛い妹だ。でも、サスケは自分の師匠なんだから! という独占欲との板挟みでジレンマに陥っているのが丸分かりとなっている。
 ヒナタは我が息子と娘のその様子にこっそりと溜め息を吐く。
(これって……やっぱりナルトくんの遺伝子、よね?)
 うずまきの遺伝子には〃うちは〃(というよりも〃サスケ〃か)に対して執着するという因子が絶対に組み込まれているに違いない、とヒナタは改めて認識するのだった。




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